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西瓜喰ふ人

牧野信一




 滝が仕事を口にしはじめて、余等の交際に少なからぬ変化が現れて以来、思へば最早大分の月日が経つてゐる。それは、未だ余等が毎日海へ通つてゐた頃からではないか! それが、既に蜜柑の盛り季(どき)になつてゐるではないか!
 村人の最も忙しい収穫時(とりいれどき)であ る。静かな日には早朝から夕暮れまで、彼方の丘、此方の畑で立働いてゐる人々の唄声に交つて鋏の音が此処に居てもはつきり聞える。数百の植木師が野に放た れて、野の樹の手入れをしてゐる見たいだ。その悠長な唄声、忠実な鋏の音を耳にしながら、風のない青空の下の綺麗な蜜柑畑を、収穫の光景を、斯うして眺め てゐると、余にでさへ多少の詩情が涌かぬこともない。この風景を丹念に描写したゞけでも一章の抒情文が物し得ない筈はあるまい、常々野の光りに憧れ、影の 幻に哀愁を覚えるとか、余には口真似も出来ないが、光りと影については繊細な感じを持つてゐるといふ滝が夢に誘はれないのは不思議だ。木の実の黄色、葉の 暗緑、光りの斑点などを此処から遥かに見晴すと丘のあたりは恰度派手な絨氈だ。

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