もしも 。。。
魚の序文
林芙美子
それだからと云(い)って、僕(ぼく)は彼女(かのじょ)をこましゃくれた女だとは思いたくなかった。
結婚(けっこん)して何日目かに「いったい、君の年はいくつなの」と訊(き)いてみて愕(おどろ)いた事であったが、二十三歳(さい)だと云うのに、まだ肩上(かたあ)げをした長閑(のどか)なところがあった。
――その頃(ころ)、僕達(たち)は郊外(こうがい)の墓場の裏に居を定めていたので、初めの程は二人共妙(みょう)に森閑(しんかん)とした気持ちになって、よく幽霊(ゆうれい)の夢(ゆめ)か何かを見たものだ。
「ねえ、墓場と云うものは案外美しいところなのね」
朝。彼女は一坪(つぼ)ばかりの台所で関西風な芋粥(いもがゆ)をつくりながらこんな事を云った。
「結局、墓場は墓場だけのものさ、別に君の云うほどそんなに美しくもないねえ」
「随分(ずいぶん)あなたは白々(しらじら)としたもの云いをする人だ……そんな事云わぬものだわ」
こうして、背後から彼女の台所姿を見ていると、鼠(ねずみ)のような気がしてならない。だが、彼女は素朴(そぼく)な心から時に、僕にこう云ううたをつくって見せる事があった。
帰ってみたら
誰(だれ)も居なかった
ひっそりした障子(しょうじ)を開けると
片脚(かたあし)の鶴(つる)が
一人でくるくる舞(ま)っていた
坐(すわ)るところがないので
私も片脚の鶴と一緒(いっしょ)に
部屋(へや)の中を舞いながら遊ぶのだ。
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