頭蓋骨の肉付け
千葉県××郡の山奥で掘りだされた他殺死体の頭蓋骨に、俊夫君が肉付けをするということが、新聞に仰々しく紹介されると、満都の人々は、非常な興味と期待とをもってその結果を待ち構え、中に気の早い人たちは、私たちの事務室を訪ねて、肉付けの模様を見せてくれとさえ言ってきましたが、俊夫君はいっさい断ったばかりか、製作室の中へは私をさえも近づけないで、自分ひとりで仕事を始めました。
ここで私は、頭蓋骨の肉付けということを一応皆さんにお話しておこうと思います。頭蓋骨の肉付けと申しても、人間の肉をつけることではなく、一口にいうと、頭蓋骨の表面に一定の物質を塗りつけて、生きていた時の顔を作りだすことであります。
それには通常、彫刻などに使用される「プラスチリン」を塗るのがいちばん便利であると言われております。頭蓋骨を見ただけでは生前どんな顔をした人かは分かりませんが、肉付けをして、その人の顔を知った人に見せれば、すぐ誰それであるということが分かるから便利であります。
この頭蓋骨の肉付けということはけっして容易な業わざではありませんが、従来、西洋で肉付けに成功した人は稀ではありません。今から三十年ほど前ドイツのライプチヒ市の某教会の墓地から、音楽家バッハの遺骨が掘りだされたとき、バッハの骨が他の人々の骨とまじり合っていましたので、頭蓋骨に肉付けして判定することになり、解剖学者のヒス教授がその任に当たりましたが、教授は彫刻家のゼフネルを指導して肉付けをさせましたところ、バッハ生前の肖像に酷似した像ができあがったのであります。
あまりによく似ているので、人々は、ゼフネルが、多分ひそかにバッハの肖像画を見て、それを参考にして作ったのだろうと噂したくらいです。もちろん写真や肖像画があれば、時として頭蓋骨などなくても立派に塑像そぞうを作ることができますけれど、肖像画や写真が無くとも、頭蓋骨さえあれば、立派に生前どおりの顔を作ることができるのであります。
現に先年ニューヨークで、ある男の他殺死体が地中より掘りだされたとき、何の誰とも分からなかったので、ウィリアムズという警察の探偵が頭蓋骨の肉付けに成功して、その男の身元が分かり、ついに犯人をも探しだすことができたのであります。